hanaremon’s blog

小説や詩のブログ

君へ  25

楽しく忙しかった3日目の夜

初めて彼女に口づけをした

大人としては遅すぎるスキンシップだが、2人きりの時間を作れなかった俺が悪い

彼女は恋愛経験が少ないと言っていたのを思い出した

少ないだけで、ない訳ではない

どんな男性と付き合って来たのだろう・・そんな野暮な事が頭をよぎった

しかし、今は彼女は俺の物だ

彼女に触れられるのは俺だけだ

彼女との触れ合いは自分が男だと言う事を思い出させてくれた。

「可愛いよ・・愛してる」何度も口をついて出てしまう

彼女が甘い吐息を漏らす度に可愛くて仕方なくなっていた

彼女を抱きしめたまま、いつのまにか眠ってしまったが、

朝、彼女はいつもの様に朝食の用意をしてくれた

 

俺の車で2人で出勤する

車に乗り込むと彼女は俺の秘書としての顔に代わった

少し驚いたが、メリハリが効いているなと感心もした。

その日のスケジュール、食事の確認、秘書としての仕事の確認

走りながら仕事モードになって行く2人

これは毎日の日課になって行くのだろう・・・ワクワクした。

会社に着くと2人で出勤した事に周りの社員の目が色めきだった

彼女とうなずき合って、部署の全員に発表した。

「みんな、ちょっと聞いてほしい」

そう言うとニヤついた部下たちが立ち上がって俺に注目した

「実は・・・」

そう言った途端、部署の全員から大きな拍手と祝福の言葉が飛び交った

「おめでとうございま~~~す」

「絶対そうなると思ってました~~」

「良かったですね~~」

「私達も嬉しいです」

そして、社長が後ろから現れて花束を渡された。

またこいつに図られたかと思いながら悪い気はしない

花束を彼女に渡して言葉をつづけた

「え~~社長から聞いて解っている通り、彼女と一緒に暮らし始めました

 しかし、仕事は仕事・・会社では今まで通りよろしくお願いします。」

「おい、面白くない無い挨拶だな~・・車の中でイチャイチャしてきたんだろ~?」

社長が余計な事を言い出した

「そっ・・そんなことありません」

彼女が慌てて発言をした

笑い声が沸き上がった

「彼女は車に乗るとすぐに仕事モードで秘書に早変わりだよ・・残念だ~」

俺がそう言うとまた笑い声が・・・。

俺の傍らで彼女が慌てているのが分って可愛かったが

「冗談だよ」と言うと「部長ったら・・」と下を向かれた。

「可愛い~~」と女子社員が黄色い声をあげる

さんざんひやかされて、仕事に入ったのは始業時間から20分も過ぎた頃だ

「さ~仕事だ・・みんな頼むよ」

社長がみんなの尻を叩いた。

 

この日は通常業務のみの仕事だった

コンプラの仕事は2日後からになっていた

秘書である彼女がしっかりとスケジュールを解っているので安心している

「公私ともに・・・」といのはこう言う事だろう

この日は昼食は別々だったが、彼女はお弁当を作って来ていたらしい

前からそうだが彼女は外では食べない

俺は仕事でいつ食べられるか分からないから、自分の分だけ作って来たらしい

それを知ったのは家に帰ってからだ

「好きなお店で食べていいんだよ・・カードを渡しただろ?」

「でも、ずっとお弁当でしたから会社で食べられる日はこれからもそうします」

「そうか・・俺も君のお弁当食べたいな~」

彼女の顔が一気に明るくなった

「では、スケジュールが合う時に作りますね」

とても嬉しそうだ

その日から、週に1度くらいの割合で彼女のお弁当を食べるチャンスがあった

野菜、お肉、お魚・・朝食や夕食と同じ様にバランスの良い食事だ

そのお弁当を一緒に食べる時間は至福の時だ

世の旦那さん達はどういう思いで奥さんのお弁当を食べているのだろう

こんな風に一緒に食べられる人は少ないだろう

幸せを噛みしめながらの楽しい時間はすぐに過ぎてしまう

しかし、次の楽しみを待つのも幸せな物だと知った。

 

そして、同棲を始めて3か月後

俺達は結婚式を挙げ、籍を入れた

旅行は2人が一緒に有給が取れる時期まで待った

彼女の作戦通り、クリスマス時期に1週間の休暇をとり

それぞれが行きたい場所を巡る旅をした。

彼女らしい提案だった

 

俺は「普通の幸せ」だと思っていたが「極上の幸せ」を手に入れた様だ。

きっと、俺の方が先に行くだろう

その時必ず言おう

君への最後の言葉を心を込めて・・。

「幸せな時間をありがとう」と・・。

 

 

 

 

                   END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君へ  24

その日の朝は、お味噌汁のいい香りで目が覚めた

寝返りを打つと、目の前に彼女の顔があった。

俺の顔を覗き込んでいる彼女の笑顔

まだ夢の中なのかと思ってしまうほど幸せな気持ちになった

大きく息を吸うと、玉子焼きの香りもした

ああ、そうか・・迎えを断った理由はこれなのかと解ったら昨日の寂しい気持ちが

一瞬で消え去った。

「おはようございます」

「おはよう」

「朝ごはん、出来てますよ」

「うん・・いい匂い」

僕は彼女の手をとって抱き寄せた

「いきなり恋人同士になったな」

ソファの後ろで奴の声がして我に返った

彼女も慌てて離れた

「居たのか?」

「ここは俺の家だ、居るのは当たり前だろうが!」

彼女が顔を赤くして下を向きながら

「あの、朝ごはん3人分ありますから・・・」と言った

内心、なんだ3人でか・・と心の中で舌打ちを打ってしまった。

でも、奴が言う通り急に「恋人」の空気になっている・・それが不思議な気がする

俺って軽い男になっているのかな?ちょっと心配になって奴に聞いてみた

「急だよな・・・恋人っぽくなったのって・・」

「ああ」

奴はにやにやしながら食卓に着いた

彼女が御飯とお味噌汁をトレーで運んできた

御飯の盛りもお味噌汁の量も俺と奴では違う・・彼女はそれも把握している、さすがだ

食事が済むと奴は

「悪いが俺は仕事が残っているから会社に行ってくる」と言って

スーツに着替えて出かけて行った。

食事の片付けを済ませると

彼女から「始めますか?」と声を掛けて来た

「ああ、始めよう」俺も彼女が用意したエプロンをかけた。

 

隣の部屋の鍵をカバンから取り出し、部屋を出た

彼女は俺の後ろに立っていたが、振り返り手を取って差し込んだカギを2人で回した

その時の彼女の笑顔が嬉しくてくすぐったかった。

それからは、部屋の掃除、彼女の引っ越し荷物の運び入れ、足りない家具の調達

2人の食器や身の回りの品々の買い出し・・・忙しくて楽しい3日間だった。

その間、疲れてダブルベットで寝てはいても2人とも熟睡

こればっかりは望んでいたとしても無理な物は無理だ

手を繋いで眠るのが精いっぱいだった。

夜中に彼女の寝言で目を覚ます事もあった

他の誰かの名前を口走るかも・・なんて思いも頭をよぎったが

呼ばれたのは俺の名前だけだった。

安心してまた眠りについた。

朝は彼女の手作り朝ごはんだ

良く早起き出来るな~と感心してしまう

これは彼女ならではなのか、女だからなのか?

元妻も最初の頃は作っていてくれた・・幸せな時間もあったな~と思い出した。

これは「男の幸せ」その物だと実感する

でも、それは愛情があっての事だ・・相手に喜んでもらいたい

相手の笑顔が見たい、2人でいて幸せだと思いたい

この感覚を思い出せて良かったと思った。

しかし、今この幸せな時間が一生続く物でもないとも知っている

だから余計に、この時間を愛おしいと思う、大切に過ごそうと思う

写真や動画、日記やブログで事実を記録して置こうと思った。

今までこんな事を思った事は無かった

歳をとった証拠だろうか?2度目の結婚だからだろうか?

1度目の失敗を繰り返したくない

彼女を大切にしよう、聞きたい事、言いたい事はちゃんと言おうとも思った。

そうすれば、彼女も同じ様に俺に聞きたい事も、言いたい事も話すだろう。

自分が死ぬ時、彼女と過ごせて幸せだったと思う様な夫婦生活を送ろう。

辛い時間もあったが、ここに辿り着くための時間でもあったのだから

良しとしよう。

さあ、今日からは普通の幸せな生活が始まる。

 

 

 

貴方へ  XXIV (24)

それから1週間・・お店はお休みだった

新しい店長として副店長だった○○が選ばれ、お店は再起動した

騒ぎを知っているお客さんは殆どなく、お店のリニューアルもして広告も出したので

その為の休業だったのだと思ってくれた。

拓斗はまだまだ入院中だ。

打撲とはいえ酷い痣もあちこちに出来ているし、動くのも大変そうだ。

私は仕事の帰りに買い物をしてお弁当を作り病院へ足を運ぶ毎日。

病気ではないので食事制限はないけど、余り動けない状態なのに病院の食事では足りないと駄々をこねた

なのでボリュームは満点だがヘルシーなお弁当を作って運んだ。

太ってしまっては今着ている服が入らなくなってしまう。

カッコいい拓斗から一気に中年太りの拓斗おじさんに代わってしまっては嫌だ。

ここは主婦歴の長い私の腕の見せ所だった。

 

「拓斗~具合どお?」

拓斗の病室は個室だから周りを気にする事は無い

「う~~ん・・まだ痛い~~~」

「名誉の負傷さん・・今日もお弁当作って来たよ」

「それが楽しみで我慢できるんだよね~~」

「そう言ってくれると嬉しいけど・・・太らないでよ~www」

「沙代里のお弁当はヘルシーだから大丈夫だよ」

そう言いながらすでにお弁当を食べ始める拓斗に水筒のお茶を出した

病院食はすでに食べ終わっているはずなのに食欲がありすぎだ。

すると、ノックする音がした

振り向くとすでにドアは開けられ若い女性が立っていた

拓斗の手が止まって不機嫌そうな顔になった

女性はピンクの丈の短いワンピースに高いヒールを吐いて

何やらたくさんの荷物をもって拓斗に駆け寄って来た

「も~心配したんだから~~今日から私が泊まり込みでお世話できるからね」

彼女には私は見えない様で、拓斗にべらべら話し出した。

拓斗から大きなため息が出て、お弁当を大事そうに私に渡した

その時初めて私に気が付いた彼女が悲鳴を上げマジマジ見て来た

「誰?このおばさん」

ん?おばさん?

「ここをどうして知った?誰にも話していないんだけど・・」

「私には何でも分かっちゃうのよ~貴方の事なら!」

「どうせ、黒子にでも調べさせたんだろ?自分では何もしないもんな、君は・・」

「そんな事、当たり前でしょ?私は何もしなくていい人間だもの~うふふ」

どうやら、この子が「いいなづけ」とやら何だろう

拓斗が私を傍に呼んで彼女に言い切った

「僕はこの人と結婚するんだよ・・君はもう来ないでくれるかな?」

「え~~~?こんなおばさんと?正気?」

何なのよ・・この言い方

「僕が愛しているのはこの人だけだよ。君には用はない!帰ってくれ!」

「は~~~?貴方どうかしてるわ!私みたいに可愛い子が結婚してあげるって言ってるのに・・生まれてくる子供の顔を想像してみなさいよ!こんな女と結婚なんて理解できないわよ!・・お父様が決めた事なのよ!逆らえるわけないじゃない!」

「僕はもうあの家とは縁を切るんだ・・僕と結婚しても贅沢な生活は出来ないよ

 それでもいいかい?」

「は?・・嘘?・・なんなのよ!」

彼女はそう言ってヒールの音をカンカン響かせながら走って帰って行った。

私はお弁当を拓斗に渡し、扉を閉めて何事も無かった様にベットの横のソファに座った

拓斗も何事も無かった様にお弁当をほおばっている

「沙代里・・このポテトサラダ美味しい~ちょっと酸味があって玉ねぎまで入ってて・・・」

「拓斗の好みは把握済みで~す」

その時は笑いあって過ごした

まさかあんなことになるなんて思いもせずに・・・。

 

 

君へ  23

金曜の有給までの間は本当に忙しかった

仕事もそうだが部屋の掃除や家具の配置や必要な物をリストにしたり・・。

秘書の彼女が気を利かせてそこも手伝ってくれようとしたが申し訳なく思い

「大丈夫だよ・・金曜からはお願いするが今は仕事の事を頼む」と頼んだ。

俺としては金曜と土曜で引っ越しや買物を済ませ「離婚届」も提出し

日曜は彼女とゆっくり過ごそうと計画していた。

しかし、彼女は手を出せない事に不安を感じていたらしい。

木曜の朝の「挨拶」には笑顔が見られなかった。

どうしたのかと思ったが金曜からの有給に間に合わせたくて、ちょっと必死だったせいで、気を配ってあげられなかった。

そして、木曜の夕方になって仕事先からの帰りのハイヤーで彼女がいいだした。

「あの・・明日も私はお伺いしない方が良いのでしょうか?」と・・・。

ビックリして「どうして?」と素になって聞いてしまった。

「必要が無いのであれば・・私は・・・」

泣きそうな声になる彼女が、可愛くて微笑んでしまった。

「何がおかしいのですか?・・やはり私だけが有頂天になって居ただけなんですね」

そう言う彼女の手を握った・・自分でもちょっと驚いたがとても自然だった。

「明日からの有給を有意義に過ごすために、仕事や野暮用を急いで片付けたくてちょっと必死だったんだ。

君に手伝って貰わなかったのは、個人的な事まで仕事の時間を使わせるのが申し訳ないと思ってしまったからなんだ・・。

君の気持ちに気が付けなくてごめん・・・明日からの3日間は僕にとって君との時間だと思っているんだ・・バタバタだけど、よろしくお願いします」

彼女は俺の手をギュッと握り返して言った。

「私こそ、余計な事を考えてしまって・・・ごめんなさい」

「明日は朝から忙しいよ」

「はい!」

会社に着くまでにハイヤーの中で明日からの打ち合わせをした。

初日の朝は俺が彼女の家まで迎えに行くと言ったが断わられた。

寄り道をしたい所があると言う事だったが、少し寂しい思いだった。

彼女を隣に乗せて、新しい場所に一緒に足を踏み入れたかったから・・。

妻と結婚する時もこんな事は考えなかった。

相手が変われば気持ちも変わる物だな~こんな事考えるようになったんだから

などと思いながら食事も早々に奴の家のソファで眠ってしまった。

 

 

 

 

貴方へ  XXIII (23)

緊張が解けた性で待合でウトウトしていたら看護師さんに起こされた。

「彼氏さん、頭の擦り傷と打撲だけで済みましたよ・・今から病室に移りますので・・」

頭に少し大きめの絆創膏を貼って、ストレッチャーに横になって居る拓斗が検査室から出て来た。

「一緒に来てくださいね」と言われ、ついて行くと「個室」に運ばれた。

その時に思ったのは、家族に連絡が言ってるんじゃないだろうか・・と言う事だ。

一緒に住もうとした矢先だし、拓斗の事だから何も話してないだろうし・・・。

私はどうしたら良いのかちょっと困惑した。

すると、私のその様子をみて噴出した拓斗。

「大丈夫だよ・・誰にも連絡しないでほしいと看護師さんにお願いしておいたから」

それを聞いて安心した。

看護師さん達が出て行くのと交代に警察の人と友達と旦那さんが入って来た。

「沙代里・・大変だったね~彼氏さん大丈夫?」

看護師さんが言っていた通り伝えると彼女も安心してくれた。

そして、彼女と私は部屋を出て廊下の奥にある自動販売機で珈琲と紅茶を買って

飲みながら今までのいきさつを話した。

彼女はニコニコワクワクしながら口を挟まずに聞いてくれた。

「彼氏さんが退院したら家に遊びに来てよ・・・楽しみに待ってるから」

彼女は本当に天真爛漫で羨ましい。

そんな話の後で彼女の旦那さんが私を手招きで呼んだ。

「私はここで待ってるから」と彼女が言うので一人病室に入った。

「細かい事は彼に聞きましたが、貴女が駆け付けた時からの事も教えてください」

手に持った飲み物をソファのテーブルに置いて、帰りが遅いので電話をかけた所から話し始めた。

拓斗から聞いた事と照らし合わせる様に手帳を見ながら話を聞いていた刑事さんが

「お店の店長である〇〇は、日ごろからセクハラをしていた・・。」

「はい・・明るい人が好きみたいで当たり前の様に人が居ても抱き着いたり触ったりしてて、皆嫌がってました。それで辞めて行った人もいます。・・あっ、でも、私にはそう言う事は無かったんです・・だから、事務所で抱き着かれた時は驚いてしまって・・」

「○○がああいう人間たちと繋がって居た事は知らなかった?」

「はい。お店のパートのみんなも知らないと思います。あんな店長見るの初めてで本当に驚きました」

「○○は、昔から女性を暴行したりお金を巻き上げたりして逮捕歴もあるんですが必ずお金に物を言わせて釈放されていたんです。最近は大人しかったので油断してました。申し訳ありませんでした。」

「いえ、助けて頂いて感謝してます」

「こんな言い方は申し訳ないのですが、先輩から連絡受けた時はチャンスだと思いました。これであの集団を纏めて検挙できます。・・店長の○○も捕まったのでお店の方がどうなるかは分かりませんが・・・」

「いえ、なんだかお役に立てたなら良かったです」

拓斗の顔を見て頷き合いました。

「明日には、お店の方々にもお話を聞く事になりますが、ここで話した事は他言無用でお願いします」

「はい」

2人の刑事さんは会釈をして出て行った。

すると、彼女と旦那さんが入って来たので、旦那さんにお礼を言って頭を下げた。

「沙代里が私を思い出して助けを求めてくれたからからだよ」

「旦那さんが格闘技をしているって言ってたから、甘えたの・・それに貴女に会えたから私の人生が変わった・・本当に感謝だよ」

「本当にありがとうございました」拓斗も起き上がりながらお礼を言う

「おいおい、まだ横になってなきゃ駄目だ。打撲だけって言っても身体中なんだぞ

骨が折れてなかったのが不思議なくらいだ」

そう言われて、ホッとしている場合じゃなかったんだと私は驚いていた。

 

 

 

 

 

 

 

1人の夜は・・・。

 

こんな夜は眠れない

 

雨の音と珈琲と私だけの夜

 

いつもと違う居心地の悪さから

 

つい、ベットの隅で丸まってしまう

 

テーブルもソファもベットも2人分なのに

 

空いている場所が寂しがってる

 

珈琲の香りが少しずつ薄れていく

 

眠ってしまえばすぐに朝なのに

 

雨が止んだら静かすぎて自分の鼓動で眠れない

 

君へ  22

奴が余計な事を言うから、その日1日中彼女の事が頭から離れずにいて

「お前、まだ二日酔いか?」

と言われてしまうくらいボーっとしていたらしい

少しの着替えと仕事の書類などは持ってきているから4~5日はここで過ごさせてもらう予定だが、出来るだけ早く引っ越しをしないといけない。

奴が用意してくれたマンションは同じフロアの少し大きめの部屋だ。

「俺には勿体ない。」と奴に言ったが彼女との事を考えると良かったのかもしれないとそう思える。

夕食は男2人で近くの定食屋で済ませた。さすがに吞めない。

月曜の朝になって出勤の時間になってもなんだか緊張してた。

奴と2人で玄関を出ると彼女が待っていた。

奴の顔がまたいたずらっ子の顔になってる・・またやってくれたな・・。

「おはようございます。お迎えに参りました、部長」

彼女はそう言って笑顔だった。

「あっ、おはよう・・いや・・・だけど・・」

「俺はいつも通り運転手が来てる・・でも、お前は車を置いて来てるだろ?」

「あれ?一緒に乗って行けるんだと思ってた」

「部長と社長が一緒の車で出勤なんて、ありえん」

「・・そっか・・」

「私達はハイヤーですけど、私は秘書なので構いませんよね」

「そうだな」

3人でマンションを出て、別々の車で会社に向かった。

ハイヤーの中で、朝の食事のお礼を言った。

彼女は照れながら言った

「私の出来る事なんてあれ位しかないので・・」

「いや、美味しくて社長と一緒に平らげちゃったよ・・」

「なら、良かった・・・」

その時、気になってた事を聞いてみた

「・・・そう言えば・・社長といつ連絡先を交換したの?」

「ああ・・それは、奥様達をお迎えに行ってくれって頼まれた時です。私のデスクに社長から電話がありまして・・事情を話してくださってその時に携帯番号を聞かれまして・・それからです」

「ふ~ん・・そっか・・」

「すいません、勝手に・・」

「いや、あいつに・・社長に言われちゃ仕方ないよな」

「・・仕方なく・・ではないです」

「え?」

「・・私でお役に立てるなら・・部長の力になれるならと思いました。」

また、胸が熱くなった

「なら・・引っ越しの時も手伝ってくれるかな?」

下を向いていた彼女が顔を上げ、俺を見つめて

「はい!喜んで」

「ありがとう・・今週有給取るつもりでいるから君も・・」

「はい」

 

会社に到着して車を降りた時、営業部の社員が居て冷やかされた

「あれ?一緒に出勤ですか~いいな~」

彼女が恥ずかしそうに下を向いた

「うらやましいだろ~・・美人と一緒の出勤だぞ~!お前には無理だな~」

「部長、ひどいな~・・俺だって!」

「俺だってだ~・・ははは」

彼女に嫌な思いだけはさせたく無かった

「車が故障して、急遽手配して迎えに来てもらったんだよ」

「なんだ、そうなんですか」

「なんだと思ったんだよ~ははは」

笑いながらエレベーターに乗った。

その日は私情で時間をとられた分、仕事が溜まっていててんてこ舞だった。

相談案件もいくつかあったので走り回った。

その間、彼女は仕事の調整や行先の手配など本当に良く動いてくれた。

優秀な人だ。

有給を取るのは週末の金曜になった。

土日と含めて3日あれば必要な物の買い物もできるだろう。

妻に電話して荷物の引き取りの時間を調節した。

大きな物は小さな引っ越し便を秘書である彼女が手配してくれた。

秘書と一緒に行くと言ったら、間があってから

「はい、わかりました」と返事が来た。

何となく、分かっているようだった。