hanaremon’s blog

小説や詩のブログ

貴方へ  Ⅶ

 

少し気まずい思いでお店まで歩いた

1人で食事に入るのは今度で2度目だ

まだまだドキドキしながらだが、そのうちに慣れるだろう

引き戸を開けて中に入ると昭和的な定食屋さんだった

ご飯やお味噌汁、小鉢に入った和え物や酢の物、アジフライやらサラダやら・・・

なんだか「おふくろの味」っぽくてホッとする

好きな物をお盆に載せてレジで精算してから空いてる席に座る

1人で食べに来ている人が多くてカウンターは埋まっていた

仕方なく空いていた4人席用のテーブルに座った

食べ始めてすぐに斜め前に男性が座った

顔を上げずに食べているとその男性が声を掛けてきた

「あの~先ほどは失礼しました」

驚いて顔を上げるとエレベーターであった彼だった

「あっ・・ごめんなさい、気が付かなくて・・」

「いえ・・」

彼がこちらを見て笑顔を見せた

さっきの気まずさがいっきに消えた

「さっきは嫌な思いをさせてしまって・・・」

「いえ、とんでもない・・こちらこそ申し訳ない」

「いえ、そんな・・・」

「いえ、僕が悪かったです」

「いえ、私も・・・」

そこまで言って2人とも噴出してしまった

「目の前の席に行ってもいいですか?」

「あ・・はい、どうぞ」

2人とも笑いながら顔を見合わせた

感じのいい人だな~と思いながら少しずつ打ち解けて行った

気持ちが楽に成ったせいか食欲が出て完食した

彼の方も食べ終わって2人で「ご馳走様でした」と手を合わせた

初めて会った人なのにもう気持ちが通じた気がした

いや、勘違いをしてはいけない

私みたいなおばさんが勘違いをするとみっともないだけだ・・

そう自分に言い聞かせながら何故か一緒に店を出た

「お茶・・しませんか?」

彼に誘われて頷いてしまった

嫌だ、私ったら何やってるの?・・心の中では焦ってるのに上手く断れない

いやそうじゃない・・断りたくない

居心地のいいこの時間をもう少し味わっていたいと感じているんだ

こんな事は今夜だけだ、もう少し自由に振舞っていよう

彼についていくと3分ほどで隠れ家的なカフェに着いた

ドアを開けてくれて手招きで私を先に中に入れてくれた

中に入るとアンティークなテーブルとイスが落ち着いた雰囲気を出していた

彼が吟味した席に促してくれ、メニューを開いて渡してくれた

飲みたい物を聞いてくれ、自分の物と一緒に注文をしてくれた

その一つ一つの行動がとてもスマートで自分の中の素敵な男性像そのままだった

頼んだ飲み物が来るまでも2人の好きな物で盛り上がって

飲みながらも好きな映画やドラマの話をした

あっという間に時間が過ぎ気が付けば22時近くなっていた

カフェってこんな時間までやっているの?と思ったら

他のお客さんはアルコールを飲んでいた

ここはカフェからバーになるお店のようだ

私の顔を見て彼が気にしてくれたのか

「時間・・大分過ぎちゃいましたけど大丈夫ですか?」

「私は明日も仕事をお休みしてるのでいいんですけど・・・貴方は?」

「僕は仕事です、でもこんな楽しい時間は久しぶりなんでまだ終わらせたくないです」

つい笑顔になってしまった

でも、ここで気が付いた・・・名前を聞いていない

聞きたいが私から言うのもなんだか気恥ずかしい・・どうしよう

彼も同じ事を気が付いたようでちょっともじもじしている

でも、今夜だけの付き合いにしておかないと今の私の立場ではマズイと思った

「名前は今度会った時に・・・」

「そうですね・・運命に任せましょう」

2人とも気持ちはきっと正反対だ

でも、私が切り出した事で彼も察してくれたのだと思う

それからもいろんな話をした

とうとう真夜中を過ぎて閉店の時間になった

私達は珈琲と紅茶を何杯お代わりしただろう

彼がすべて払ってくれた

店を出ると空がきれいだった

「星が綺麗ですね」

彼が言った

「はい、綺麗ですね」

私が言った

彼はこの言葉に隠された意味を知っていて言ったのか解らないが

私は知っていて返事をした

ホテルまで肩を並べて静かに歩いた

ホテルのロビーを抜けてエレベーターに乗りかけた時

「僕は次のエレベーターで上がります」

真面目な顔で優しい声で言った

「分かりました・・ではおやすみなさい」

「おやすみなさい」

彼の気持ちが痛いほど分かった