hanaremon’s blog

小説や詩のブログ

君へ  7

 

自宅の前で立ち止まって後ろに下がりながら家を眺めた

この家も結婚が決まって2人で考えた末に決めた家だ

それは覚えている

でも、その後からの事を思い出せない

僕は本当に記憶喪失になっているのだろうか?

毎日お弁当を食べる生活も買い忘れたという理由で外食をするなんて事も

あの頃の僕はきっと考えもしなかっただろう、それだけは断言できる

そんな事を考えながら玄関を開けた

すると、家の奥から妻の怒鳴り声が聞こえた

相手は誰だ?リビングをそっと覗いてみた

そこには土下座するお隣さん夫婦の姿と怒鳴り散らす妻の姿

百年の恋も冷めるとはこういうシーンを見た時に言うのだろう

そんな暢気な事が頭に浮かんだ

すると、小さな声で僕を呼ぶ声がして振り返ると上の娘がいた

2階への階段はリビングに入る扉の手前にある

僕が帰って来た事に気が付いて心配になったらしい

娘が上を指さして僕を2階へ促し廊下で言い出した

「お父さんが出かける時の電話の事を話したの・・あれはお隣さんの嘘だったらしいよ

 お父さん、謝るなら妻にって言ってたよって・・

 そしたらお母さんお隣に飛んで行って大声で ”嘘つき女!!”って怒鳴ったの

 きっと近所中に聞こえたんじゃないかな?

 その後、旦那さんも一緒にうちに来て土下座が始まって

 その2人にお母さんずっと怒鳴り散らしてる・・どうしようお父さん」

ため息が出た

妻は本当にお隣さんの言葉を信じ切ってたんだな

しかし、僕から言わせればどっちもどっちだ

羨ましくて嘘を吹き込んだお隣の奥さんも

それを鵜吞みにして僕に何も確かめようともしなかった妻も

心配そうに見る娘の頭をポンポンとして1階に降りた

まず怒鳴っている妻を落ち着かせないといけない

 

リビングの扉を開けた

僕に気が付いた妻は怒りの顔から急に泣き顔になってボロボロ涙を流しだした

泣きながら「ごめんなさい」を繰り返した

泣き崩れてその場にうずくまってしまった

お隣さんも泣きながら「すいませんでした」と額を床にこすりつけていた

僕はそれをしばらく眺めていた

どうしてなのか解らないがかける言葉が見つからなかった

ただ、今までで感じた事のない冷たい自分が居た

目を閉じて静かになるのを待った

お隣さんは同じ態勢で黙っていた、妻も泣いてはいるが少し静かになった

僕は自分でも驚くほど冷静に言い放った

「もう終わった事です。今になって謝ったり泣いたりしても手遅れです

 妻と話をする気もありません、お隣の方も帰ってください」

それを聞いてお隣さんはすごい速さで帰って行った

妻は「ごめんなさい」を繰り返していたが無視をして2階の自分の部屋に帰った

やっと静かになった

酔いは冷めたけど、いざこざが収まって気分は悪くなかった

その時ドアをノックされた

中から「だれ?」と声を掛けると娘の返事が返ってきた

ドアを開けると下を向いたままで話し出した

「お母さんがまだ泣いてるの、お父さん何とかしてあげられない?」

「お前達には悪いがお父さんにはどうする事も出来ない。終止符を打ったのは

 お母さんの方だ。今更どうしようもない・・泣き止むまで待ってあげればいい」

それだけ言って扉を閉じた。

やっと寝る事が出来る

 

次の日、目を覚ますと10時を過ぎていた

顔を洗いに下に行くと玄関のチャイムが鳴ってドアホンの画面を見ると

見知らぬ男性が立っていた

「あの、奥様とお付き合いをさせて頂いている者です」

そう言われて妻を探したがいない様だ

少し待ってもらい服に着替え出迎えた

玄関で深々と頭を下げられ何事かと思ったがとにかく上がって貰った

立ったまま「旦那さんにお話をさせて貰いたくて・・・」と言う

内心面倒くさいなと思いながら聞かないといけないんだろうなとも思った

テーブルについてもらい珈琲を出した

「お構いなく・・」と言う彼に

「私も飲みたいので・・」と返し目の前の席に座った

彼は珈琲に手を付けず話し出した

「夕べ遅くに僕の所に奥様が来まして結婚の話は無かった事してくれと・・」

珈琲を飲みながら黙って聞いていた

「夕べ何があったんでしょう・・旦那様とは離婚できるし来月にでも娘さん達と一緒に

 僕のマンションに引っ越してくると言っていたのに急に・・

 旦那様の気が変わって離婚が難しくなったとかそう言う事でしょうか?

 もしそう言う事ならと思うと居ても立ってもいられなくて来てしまったんですが」

そこまで聞いて気が変わったのは妻の方なんだと分ったが僕の気持ちは変らない

「離婚は予定通りです。その後は妻と貴方との事なので僕には関係ありませんよ」

「・・そう‥なんですね・・じゃあなぜ?」

「僕が浮気をしていた・・そう聞いているんじゃなりませんか?」

「そうです・・長い間辛かったと・・」

「僕は浮気なんてしてません、妻が人に聞いた事を鵜呑みにして家庭内別居に

 なっていただけです、僕はそれを夕べ初めて知りました。

 妻も夕べ初めて嘘だった事を知った様でした。

 僕に何度も謝ていましたが、僕の気持ちは変りません

 それに今日は休みの日のはずなのに妻も娘も家に居ませんよ」

「本当は今日は僕の家の別荘に遊びに行く予定だったんです・・でもさすがに

 時間になっても連絡もないし・・本気だったんだと思って・・・

 どこに行ったとか心当たりはありませんか?」

そう聞かれても何も思い当たらない

「分かりませんね・・ここ何年間一緒にどこかへ行くとか無かったですし・・

 心当たりなら貴方の方があるんじゃないんですか?」

「そう・・ですよね・・携帯繋がらないんですが探してみます」

そう言って玄関でまた深々と頭を下げ急いで出て行った

さてさて、妻たちはどこに行ったんだろう

探す気はないが、この先少し面倒な事になりそうだとは思った。