君へ 8
妻の彼氏と言うべき男性が出て行ってから
ひとまず妻の携帯にメールを出してみた
彼が来た事、とても心配していた事、近い内に出て行ってほしい事
既読にはなったが返事はない
僕の浮気が誤解だったとしてもこの何年間の家族の僕への仕打ちに対して
気持ちが変わる事は無い、離婚の取り止めはない事も続けて書いた
僕の浮気が誤解だったと聞いて結婚をやめる気になると言う事は
本当に彼を愛している訳ではないかもしれない
しかし、彼の方は妻が心配で僕に会いに来る勇気がある
それはれっきとした「愛」だと思う
僕にもあんな時があったんだろう
笑っちゃうが・・・。
珈琲を飲み終えた頃に娘からの電話が鳴った
「お父さん、迎えに来て・・・」泣いているように聞こえた
「どこに居るんだ」
「海に来ているの・・・お母さん一人で車から出て行った切りで・・・
思い出の海だからって言ってた・・分かる?」
そう言われてもすぐには思い出せない
楽しかった思い出は心が勝手に封印している
「携帯で自分の位置情報を見てごらん」
しばらくたって娘が答えた
「○○海岸の展望台がある駐車場みたい」
「お母さんの再婚相手の連絡先は分かるかい?」
「知ってるけど・・・お父さんが来てよ」
「彼に連絡しなさい、とても心配してお父さんにまで会いに来たんだ
彼の方がいいと思うから・・・」
そう言って切った
妻は死のうとしているのかもしれない
だからこそ、彼の方がいい・・もし間に合わなかったとしても・・
僕の家からその海岸までは車で1時間はかかる
妻たちが車で行ったのなら僕には行く術がないが彼は車で来ていた
間に合う確率は高い
30分ほどして娘から電話があった
「○○さんがすぐに来てくれて、お母さんを助けてくれた」
「そうか、良かった」
「お父さんはどうして来てくれなかったの?」娘が泣いていた
「車はお前たちが使っているだろ・・お父さんがそこに行くには時間がかかりすぎる
それに、お父さんが駆け付けた所で状況は変わらない」
「○○さん、近くまで来てたらしい・・ここの話は聞いていたからって・・・」
「そうだろうな・・心あたりがある様な感じだったからな」
「私達はどうしたらいいの?・・お母さんは再婚は断ったって言ってたし
お父さんには早く引っ越して欲しいって言われたってお母さんが・・」
「○○さんと一緒に暮らすのが一番いいだろうね、お父さんはもうお母さんと
一緒には暮らせない・・お前達はお母さんの傍にいてあげなさい」
それだけ言って携帯を切った
これできっと妻は彼と暮らしていくだろう、命の恩人でもあるのだから・・
一晩経った月曜日の朝、仕事に出かける準備をしていると玄関のチャイムが鳴った
モニターを見ると妻と彼がいた
少し待ってもらい会社に遅刻の連絡をしてからドアを開けた
彼がまた深々と頭を下げ妻の背中を押して私の前に立たせた
何も言わない妻に彼が言った
「本当の気持ちを話した方がいい・・・僕は車にいるから」
そう言ってまた頭を下げ扉を閉めた
ずっと黙ったままの妻に言った
「会社の時間なんだが・・・」
「アッ、ごめんなさい・・・えっと、浮気を疑ったまま何年も貴方を蔑ろにして来た事
は本当に反省してます。出来ればやり直したいと思って・・・」
「それは無理な相談だ」
妻は泣きそうな顔して黙ってしまった
このままでは埒が明かないと思って僕が話し出した
「彼と一緒に居た方がいい・・彼は君を心配してここにも来たんだ
もしかしたら僕に殴られるかもしれないし汚い言葉で怒鳴られるかもそれないのに
自分の事よりも、君の事だけを考えていたんだよ
僕にはもうそんな気持ちはない、君が言う様に蔑ろにされて来た日々の中で
君への愛情は消えてしまった・・やり直すなんて無理な話だ
引っ越しの日を決めておいて欲しい、悪いがそろそろ出かけなきゃならないんだ」
妻は下を向いたまま後ろに下がってドアを開き僕の顔を見ない様に出て行った
何も感じなかった
感情がなにも沸いてこなかった
きっと僕はもう誰も好きにはなれないんだろうとさえ思った