君へ 18
男性社員の号令で動き出した10分後
15人ほどの社員がまだ返して貰っていないと名乗りを上げた。
貸した金額も分かったので纏めて貰った。
男性社員の話しでは一人一人の金額は1万2万と少ないようなのでみんな諦めていたらしいとの事だった。
うちの社長が「私の妻から借りた金額と合わせて返して貰おう」と言い出し
会議室をお借りした。彼が来たら「社長の面談があるから」と会議室に行くように言ってくれと頼んで空いている会議室で待機した。
妻の相手は自分の不始末が社長の耳に入っているとは思ってはいないので気兼ねなく
会議室に来るだろう。
しばらくしてノックの後、妻の相手が入って来た
「失礼します」と言って入って来た彼は俺が居るのを見てびっくりしていた。
その場から足が動かない様だったので、俺が彼の腕をつかんで部屋に入れ扉を閉めた。
「あ・・あの・・えっと・・社長は・・」
「僕は○○会社の社長で○○と言う者です。こちらが君も良く知っている○○部長だ。」
「あの・・退職金の事で呼ばれたんですが・・・」
「辞めた人間にそんなうまい話がある訳ないだろう?」
彼の顔がみるみる青ざめて行き、はめられたと気が付いた。
「・・では‥帰ります」
そう言う彼の後ろに回って扉をふさいだ
「そうはいかないよ・・君はうちの社長の奥様にも100万円の借金をしているそうじゃないか・・それなのに連絡すらしない。奥様だって2か月で返すと言うから好意で渡したんだ・・約束は守って貰わないとね」
「え?・・そんな借金はしていません。」
「嫌確かに君だよ。奥様が君の名刺を持っていたんだから・・・」
「それは違います!僕じゃない!」
その時奴が椅子から立ち上がって彼の目の前まで来た、その顔は相手をやり包める時の勝負顔だ。
奴は低い声でこう言った。
「嘘をつくんじゃない・・この会社にもまだ君から返して貰っていないという人が15人もいるそうだ・・いや、本当はもっといるかもしれない・・そんな人間の言葉を信じろというのかね?」
「・・でも・・僕は本当に・・」
「まだ言いますか?・・では警察に来てもらいましょうか?借金を踏み倒すなんて泥棒と一緒だ。」
彼は固まったまま、しゃがみ込んで泣きそうな顔だ。
その時、奴が俺の顔を見て言った
「君も言いたい事があるんじゃないか?・・こんな人間が元妻の相手だなんて心配だろう?」
俺は扉の前から、しゃがみ込んでいる彼の後ろ姿に向かって言った
「君が挨拶に来た時は安心していたんだよ・・いや、本当に・・なのに何の連絡も無いし妻の携帯もつながらないから心配していたんだ。君がこんな男だと分っていたら元妻もついていかなかっただろう・・職場を追われてどうやって生活をしているんだい・・娘たちに不自由をさせているのではないか?いや、それは無いか・・ここの社長の息子なんだからな?」
「・・ごめんなさい・・・それは嘘です・・僕はただの社員でした・・・」
泣きそうな声で答えた彼に向かって、奴が怒鳴った
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!!お前が彼の元奥さんを働かせているのは解ってるんだ・・ここを辞めてから3か月、仕事もせずに女を食い物にしているとは
呆れた人間だ!おれはそう言う奴が一番嫌いなんだよ!!」
どすの気いた声が部屋中に響いた。
ここだけの話だが、社長は元暴走族の総長だ・・俺はその右腕だった。
彼はビビッて腰が抜けてしまったようだった
「社長・・ここは僕が・・・」
そう言うと、奴は彼をにらみながら椅子に座った
「君はどんな仕事なら出来る?」
「えっと・・事務仕事は苦手で・・営業もちょっと・・」
「じゃあ、私達の会社の専属の掃除担当ではいかがかな?掃除と言っても頭は使うし体力も必要だが、先輩がしっかり指導してくれるよ」
「え?掃除?」
「会社は人で成り立っている、掃除と言えども馬鹿には出来ない。うちの掃除の方々はロビーも部屋もピカピカにしてくれるありがたい人達だ。そう言う所から人生を学び直してもらいたい・・それで、その給料からこの会社の社員さん達に返すものを返して社長の奥様にも少しずつでも返すんだ。解ったか?」
「・・でも、僕は本当に奥様には・・・」
「は?」
奴が彼を睨むと黙った
「では、契約を・・」
すかさず契約書を出して机に座らせ書かせて拇印を押させた。
「では、明日から頼むぞ!」
奴がそう言うと観念した彼は小さい声で返事をしてうな垂れていた。
彼をそのままにして俺たちはさっきの部署に立ち寄り、事の次第を話し
名乗りを上げた人以外にも返して貰っていない人がいないか調べてリストを作っておいて欲しいと頼んでおいた。
その足で社長室に向かい、話をまとめた。
「さすがは○○会社の社長だ。頼りになるよ・・僕も見習わないとな~」
「いえいえ、○○社長はそのままでいいんですよ・・ここの社員さんもなかなかいい人材がそろっているようですし・・」
「そうかね?そう言ってもらえると嬉しいよ」
話が和んな所で、部屋を出た
実は俺は少し焦っていた
「俺は娘たちのいるマンションに行ってくるよ・・取り敢えず連れ出さないとな・・」
そう言うと奴はまたいたずらっ子の顔をして言った
「大丈夫だ、それはもう手配済みだよ・・お前の秘書が迎えに行っている」
「おい。いつそんな指示を出したんだ?・・・あっ、彼女に離婚寸前だとばらしたな?」
「いいじゃないか・・本当の事なんだし・・俺はいい事をしたと思っているぞ」
「・・まぁ・・助かったけど・・それはそうと連れ出した娘達はどこに居るんだ?」
「お前の家」
「は?・・カギは変えているんだぞ!入れない!」
「大丈夫だ・・カギを失くして入れないからと鍵屋を呼んでおいた・・今頃は中に入っているだろうよ。大きい引っ越し荷物は近い内に取りに行けばいいだろ」
俺は娘達よりも、秘書の彼女に散らかっている家の中を見られる方が恥ずかしいと思ったし、今日の夜は俺はどうしたら良いんだ?
「今日の所は、家に帰って何がどうなったかを説明しなきゃだな」
「・・それは、そうだな・・分った」
「その前に彼女にも説明だな」
そう言ってまたニンマリした奴の顔に軽くパンチをして遣った
「あ~~今日は楽しかったな~~久しぶりの快感だ!!」
そう言って、こっちにも軽いパンチが飛んできた
確かに奴の作戦はうまく行ったし、感謝だ。
「ありがとうな」
「俺は今はお前の応援団長だからな・・一人しかいないけど・・ははは」
そんな会話をしながら車に乗り込んだ。