貴方へ XVI
目が覚めるともう夕方だった
西陽が入る部屋だから眩しいオレンジ色が鮮やかだ
ふと手元の携帯を見ると拓斗からの着信とメールが入っていた
メールには「目が覚めたら電話してみてね」とあった
慌てて電話をするとワンコールで拓斗が出た
「おはよう」
「ごめん・・寝ちゃってて・・」
「大丈夫、僕も車でウトウトしてた」
「車なの?」
「ホテルの前の駐車場にいるよ・・出てこられる?」
「すぐに行く」
髪とお化粧を確認してから部屋を飛び出した
駐車場に拓斗の車がエンジンをかけて待っていた・・隣の席に飛びこんだ
すぐに駐車場を出て走り出した
「大丈夫だった?お咎めは無しだった?」
「うん、無し!当たり前だろ?悪い事はしてない・・ただ、事情を説明しただけ
俺の上司と店長の前で、何が何だか俺にも分かりませんって顔で・・
ただ、沙代里の旦那も来てて怒ってはいた」
「何かされなかった?」
「大丈夫だよ、さすがに人前では何もできないだろ?恥をかかされたって怒鳴ってはいたけど悪いのは相手だからね・・パートさん達も驚いてた・・そんな事になっていたんだ~って・・だから沙代里の離婚は周りも認めざる負えないしスンナリ行くと思う」
「拓斗・・・そこまで計算してたの?」
「いや・・ここまで上手くいくとは思ってなかったよ・・でも沙代里にとっていい方向に転んだと思う」
「じゃあ、今度は私の番ね・・・明後日、出勤した時に何も知らない振りをして仕事をすればいいのよね・・そして、何も知らない私は夫に離婚したいと申し出る」
「そう・・もともと離婚はしたかったんだから拒ばないだろうし、妻のパート先で知られた事実は消せないし、持ってきたお金の事も手切れ金だと思ってくれと言えば大げさにはしないと思う」
「そうね」
「それと、明日からの沙代里の寝床だけど・・」
「寝床?」
「俺の隣で良い?」
「え?」
「いや?」
「・・ばか・・」
「じゃぁ、決まり・・明日、ホテルの部屋を出たら俺のマンションね」
「でも、お仕事でしょ?」
「休みだよ・・今日のドタバタで疲れただろうからって主任が休ませてくれたんだ」
「優しい主任なのね」
「俺、仕事出来るから目をかけられてる」
「あら・・自慢?」
こんな風に笑いあえる相手がずっとほしかったんだなって今更に思うのだ
それに、拓斗は本当に私の事を考えてくれている幸せだった。
泊る所が無かったらアパートが見つかるまで友達に頼んでみようと思ってた
まさかこんなに早く拓斗と一緒に居られるようになるとは思わなかったから拓斗の気持ちが嬉しかった
ただ、少しだけ不安だったのはパートに出かける時に知っている人に見つからない様に気を付けなければいけないという事だ
もう、夫とは暮らしていない事はわかってしまったからどこから通っているのかは店長に伝えなければいけないだろうし・・・。
そんな私の不安を取り除くように拓斗が言った
「もう暫くホテルに泊まっていると店長には言うと良いよ・・ああいうホテルは個人情報は絶対に漏らさないし、部屋まで誰かが来るなんて事出来ないから・・車は俺のマンションに一番近い駐車場に止めて置けばいい、有料だけどしばらく置く事になるから月極にして貰える様に交渉してみるよ」
「あっ、そうか・・うん、そうする。駐車場の事もありがとう」
「沙代里は絶対に感謝の言葉を忘れないね。俺、嬉しいよ」
「当り前じゃない・・本当に感謝しているんだもの。拓斗にも・・神様にも」
私は本当にこの出会いを神様に感謝していた
少しだけ勇気を出しただけなのに、こんな大きな幸せが手に入ったのだから・・・。