貴方へ XXI(21)
持ち場に帰った私は自分のレジを開けてお客様に
「次のお客様、どうぞ」と声を掛ける
すると隣の列の2番目のお客様からこちらに来てくれる
いつもの朝のお客様の顔は殆ど覚えている
「おはようございます。いつもありがとうございます」と言ってレジを始める
すると早速同情のお言葉が飛んできた。
「この間の事、聞いてる?・・もう、私達もビックリしちゃって・・顔が見られて良かったわ~元気出してね」
「はい、ありがとうございます。」
次のお客様も、その次のお客様からも励ましの言葉を頂いた。
私、いつもお客さんと話なんてしなかったのに有難いと心から思った。
拓斗が言う様に、私が思っているよりも気に掛けて貰えてるんだな~と実感した。
その間、拓斗は店長と立ったまま計画表をもって説明を始めているようだった。
どうしても目が行ってしまう・・レジが少し暇になった頃、Wさんがやって来て
「やっぱり気になるでしょ?・・彼ね、どこかの会社の会長の息子らしいわよ。
Hさん情報だから確かだと思うわ~彼と結婚したら玉の輿よね~うふふ」
情報早いな~、女ばっかりの職場・・怖い。
かなり慎重にしなければすぐにバレてしまいそうだ、仕事に集中しなきゃ!
久しぶりの仕事で終わる頃にはへとへとになって居た。
しかし、帰りには店長に呼ばれていた。当たり前だ、まだ説明しなければいけない事がある。
着替える前に、店長に声を掛けて事務所で待っている間、頭の中で説明の言葉を繰り返していた。
今はホテルから通っていると言う事、離婚はすでに成立した事。働く時間を長くしてほしい事。
店長が事務所に入って来た、私は椅子から立って軽く会釈をした、その途端突然抱きしめられ「好きだ」と言われた。
ビックリしすぎて店長を突き飛ばして事務所を飛び出した。
更衣室までついて来られたらいやだと思いお店に飛び込んだ。
品物を整頓する振りをしながらお店の中を回っていたら、後ろからお客さんと話す拓斗の声がしたので、拓斗から見える位置に移動した。
拓斗が私を見つけてびっくりした顔をして周りを気にしながら近づいてきて腕をつかまれ裏に連れて行かれた。
「どうした?」
「・・店長に・・」
泣き出した私の顔を覗きながら返事を待ってくれた
「店長に・・・抱きつかれて・・突き飛ばして逃げてきちゃった」
拓斗の顔が見る見る険しくなって事務所の方に走り出した
パートさんが何人か休憩をとるために裏に入って来て、私を見るなり
「やっぱり、まだショックだよね・・大丈夫?」
「もう少し休んでもレジは何とかなるよ」
とか言ってくれた。
「ありがとう・・心配かけてごめんね」と言って一緒に更衣室に行きながら拓斗の姿を探したが、事務所近くにはいない様だった。
私は急いで着替えて従業員出入口を出た。
すると出入口の隣のごみ倉庫で音がした。
ゆっくり近づいて行くと拓斗の声が聞こえて来た
「どういうつもりか知らないが、今度同じ事をしたらセクハラで訴えますからね
自分の受け持ち店舗で問題が起きたら黙っていませんよ」
「業者の癖に偉そうに・・何様だ」
店長が言うと何か鈍い音がして店長が「分かったから止めてくれ」と言った。
扉が開きかけたので、横に積んである荷物の後ろに隠れた。
店長がお腹を押さえてよろよろと歩いて従業員出入り口に入って行くのが見えた。
その後、しばらく拓斗が出てこなかったのでゆっくり扉を開けて声を掛けた
「拓斗?」
拓斗が私を引き寄せ抱きしめて来た。
「沙代里・・」少し泣いてた。
「沙代里がここで働くの・・俺、嫌だ」
私は抱きしめられながら頷いた。
拓斗が落ち着いてから、そっとゴミ庫の扉を開き誰もいない事を確かめてから2人で外に出た。
私はもう帰り支度を済ませていたので、そのまま車をだし・・
拓斗は会社に連絡してから、上司と他の店に挨拶に行くのだそうだ。
私は、帰りに他のスーパーで買い物をしマンションに帰ってネットでパート先を探した
探しながら、さっきの店長の事を考えていた。
私は他のパートさんと違って、今まで店長と親しく話したり、相談とか愚痴とか聞いて貰ったりと個人的に接した事は無い。
でも、私が気がついて無かっただけでそう言う気持ちがあったのか?
それとも、今回の事で「可哀そう」とか「寂しいだろう」とか思って魔が差したのか?
店長は拓斗に何と言ってたんだろう。
辞める理由はどうとでもなるけど、急にって訳にはいかない
今は月の半ばだから来月の終わりまで・・有給はあと少しだけだから・・
来月の20日くらいで有給消化に入って最後の日に挨拶に行く。
でも、それで拓斗は納得するだろうか?
その間に店長の態度がどうなのか分からないし・・・。
17時になって夕食を作り始めようとしたら、拓斗から電話が鳴った。
「沙代里・・大丈夫?」
「大丈夫よ・・今から夕食を作ろうかなってしてた所」
「ならいいけど・・今日は少し早く終わったからすぐに帰るね」
「うん、気を付けてね」
電話を切った後、拓斗の気持ちが嬉しくて気分よく作り始めた。
でも、1時間立っても帰ってこなかった。
心配になったけど、上司の人とかと一緒かもしれないと思って連絡は我慢していた。
でも、20時を回っても帰ってこなくてあまりに心配でメールを出した。
「何かあった?」
30分経っても返事がなかった。
居てもたってもいられなくなって携帯に電話をかけた。
すると、電話に出たのは拓斗ではなく店長だった。