hanaremon’s blog

小説や詩のブログ

貴方へ  XXII (22)

「・・もしもし・・」

「沙代里さん?・・やっぱりか・・君たち知り合いだったんだね」

「・・店長?・・」

「おかしいと思ったんだよ~、どうしてあんなに早く彼の耳に入ったのか、

 どうして彼があんなに怒ってたのかって・・」

「これ、彼の携帯ですよね?・・彼は一緒なんですか?彼に何かしたんですか?」

「何もしてないよ・・僕は。」

「僕は?」

「知り合いに頼んで、僕が味わった痛みを倍返しさせて貰っただけだよ」

「知り合い?‥彼に何を・・彼はどこですか?」

「君が迎えに来るというなら教えてあげてもいいよ」

「行きます・・・どこ?」

「お店だよ・・僕が痛い思いをした同じ場所」

私は、携帯を切ってマンションを飛び出した。

車まで走りながら考えた・・私だけが行けば店長の思う壺だ

必ず私に何かしようとするだろうし、拓斗にまた何かされる。

彼をこれ以上傷つけずに取り返すにはどうしたら良いのか・・。

走りながら、私に離婚する勇気をくれた友人に電話した。

確か旦那様は格闘技をやっているって言ってた

「もしもし、○○さん?・・ちょっと力を貸して欲しいの」

彼女は説明はあとでいいからと二つ返事で旦那さんを連れてお店まで来てくれるという

彼女の家はそんなに遠く無い・・私に時間稼ぎをしていて欲しいと言ってくれた。

私がお店の裏の「ごみ倉庫」の前に着くと、黒い車が3台も止まっていた・・。

怖い、でも助けなきゃ・・覚悟を決めて倉庫の扉をゆっくり開けた

そこには何人もの乱暴そうな人たちの前で頭から血を流している拓斗が倒れていた。

「拓斗!」

駆け寄るも意識が無いようだった。

「そう言う仲ですか?だからか・・彼はね私に向かって“”彼女に手を出すな、彼女に何かあったら容赦しない“” って言ったんですよ」

「嘘です・・彼はそんな風には言っていないと思います」

「あれ? 信じないんですか?・・普通そういう風に言われたって聞けば喜ぶもんでしょ?」

「彼は、自分だけの感情で動く人ではありません。確かに私達は知り合いです。でも私の事だけで店長に痛い思いをさせたのではないと思います。」

「いやいや、あの権幕は 俺の恋人に手を出すな!って感じでしょ?」

「店長は前からセクハラじみた事を皆にしてきたじゃないですか・・みんな仕事を失いたくないから目をつむってきましたけど‥本当は殴って遣りたいって言ってました。拓斗はそれを知ってます。」

店長は笑って言った

「お愛嬌でしょうが~セクハラなんて大げさな」

「なら、なぜこんな人達を呼んで拓斗をこんな目に合わすんですか?お愛嬌なら

1回殴られたからってこんな事までしませんよね?」

「結構、喋るんですね~沙代里さんは・・・もっと大人しい人だと思ってましたよ

 彼氏ができると変わるんですかね~・・それに不倫でしょ?旦那さんに話してもいいんですよ」

「不倫ではありません・・もう離婚しました」

「あれ?そうなんだ・・」

「今日はそれを話そうと思っていたんです・・・それを・・」

「だったら尚更、慰めてあげられたのに・・・残念だな~」

「結構です。彼は連れて帰ります。」

しかし、男たちが私たちの周りを囲んだ

「あんた、いい度胸しているけど、直ぐに帰すわけにはいかないな~」

その時、拓斗の意識が戻った

「沙代里・・どうして・・」

「メールに返事が無かったから心配になって電話したら店長が出た」

拓斗は私の肩を借りながら立ち上がり

「店長、携帯返してくださいよ・・それが無いと仕事にならない」

「どうしようかな~・・」

「返せよ・・ここまですれば気が済んだだろ?」

「いや~1度くらい彼女を貸してくれれば考えてもいいけどね~」

その言葉で拓斗がまた店長に向かって行きそうになったが、また倒れてしまった。

その時、倉庫の扉が勢いよく開いた。

「そこまでだ。○○・・」

そう言って、友人の旦那さんであろう人が店長の胸ぐらを掴んだ。

男たちは一斉に外に逃げて行ったが、パトカーの警察官につかまっていた。

「沙代里~大丈夫?」

友人が駆け寄って来て一緒に拓斗を支えてくれた。

「・・ねえ、なんか凄い事になってるんだけど・・」

「へへ・・うちの旦那さん、元刑事で・・」

「え?・・そうだったの?」

「強面で刑事向けの顔なんだけど・・私と知り合って他の仕事についてくれたの

 だから、今も同僚に電話したら○○組のチンピラがおかしな動きをしてるらしいって聞いてピンと来たらしいわ」

「それで・・」

「沙代里が私を頼ってくれて、なんか嬉しい・・詳しい話は近い内に聞かせて貰うわよ」

「うん、ありがとう」

拓斗と私は救急車で病院へ・・彼女と旦那様は事情聴取に警察へ

私達も明日には事情を聴かれるだろう。

とにかく、拓斗の身体が心配だった。

警察病院へ運ばれて、検査に時間がかかっていた。

看護師さんに「短くても4~5日は様子見で入院になると思います」

そう言われて、少しほっとした・・

腕や脚が動かなくなるとか、障害が残るとかは無さそうな反応だったから・・・。

ホッとしたからなのか、今日作った食事は冷蔵庫に仕舞ってこなかったな~とか

私の車、タクシー呼ばないと取りに行けないな~とか。そんな事をうっすら思いながら拓斗の検査の終わりを待っていた。

 

君へ  21

彼女のメモから優しさが伝わって来て、胸が熱くなってしまった。

奴はまだ起きてこないが親しいとはいえ寝室まで覗くのは良くない

俺はソファで寝たからお味噌汁の匂いで目が覚めたが奴はそうじゃないから自分で起きるまでは寝かせておいた方がいいだろう。

起きるまで待つか?・・いやしかし、二日酔いにはお味噌汁が飲みたい。

我慢できなくなって、お鍋の蓋を開けるとシジミが入ったお味噌汁が用意されていた

嬉しい心使いだ・・土鍋におかゆ、それに冷蔵庫を開けると梅干しと昆布、胡瓜と大根の漬物がある。

本当に彼女は気が付く女性だ、それに料理上手だ。昨日の料理もお酒に合って本当に美味しかった。

俺はしっかりと胃袋を掴まれた様だ。

鍋を中火で火をかけ、急いで顔を洗いにいった・・帰ると奴が味噌汁の鍋を覗いていた

「これ、お前が作ったのか?」

そう言う奴に、彼女からのメモを手渡した。

「お~~~さすがだな~」

「顔洗って来いよ・・食器、勝手に出すぞ」

「頼む」

男2人の二日酔いの朝に有難いご馳走だ。

「二日酔いの胃に染みるな~」

2人してそう言いながら平らげてしまった。

気が付くと携帯に妻からメールが入っていた。

「パートを見つけて働く、娘達もバイトを始める、生活費は半分でいい」と言って来た

奴にメールを見せると、それでいいのではないかと言う

「お前だってこれから彼女との事もあるしな・・」と付け加えた

「おい、まだ何もない内からそんな事を考えても・・そう言えば昨日彼女と何を話したんだよ」

「聞きたいか?」またいたずらする子供の顔だ。

「おちょくるなよ・・ちゃんと話せよ。仕事の事もあるし知らない方が遣りにくい」

奴は彼女を車に乗せると酒のつまみになる料理を頼みながらスーパーに寄った

その時に彼女から俺の好みを聞かれたそうだ、今だと思いストレートに聞いたらしい

「あいつの事、どう思ってる?」

彼女は、恥ずかしそうにでもはっきりと「好きです」と言ったそうだ。

離婚すると聞いて、抑えていた気持ちが溢れて来て自分でも驚いていると。

「彼女の方がお前よりずっと素直で正直だ」

そう言われて、黙ってしまった俺をじっと見る奴につい口走ってしまった。

「そうだよ、俺なんかには勿体ないくらい可愛い人だ。」

「ん?」

「他の男と幸せになってほしいって昨日まで思ってたのに・・・どうしたら良いんだ?

 俺、月曜からどんな顔して会えばいいんだ?」

「急だな~・・胃袋掴まれたな?」

「それもあるが・・今朝のメモ読んだら・・」

「読んだら?」

「急に・・」

「急に?」

「誰にも渡したくないって思った」

「よし!!」

「なんだよ、よし!って・・」

「お前、なかなか認めないからじれったかったんだよ」

奴が真面目な顔して言った。

「でも俺・・本当に昨日までは・・」

「そう思い込もうとしてただけだろ?・・こっちは解ってたんだよ。

 色恋沙汰が苦手なお前には俺みたいに背中をど~んと押してやる人間が居ないとダメなんだよ・・全く世話が焼ける」

「嘘つけ、楽しんでただけだろ?」

「まぁ、それもあるが・・ははは・・結婚してもたまには飲みに来いよ」

「気が早い」

 

 

 

 

 

貴方へ  XXI(21)

持ち場に帰った私は自分のレジを開けてお客様に

「次のお客様、どうぞ」と声を掛ける

すると隣の列の2番目のお客様からこちらに来てくれる

いつもの朝のお客様の顔は殆ど覚えている

「おはようございます。いつもありがとうございます」と言ってレジを始める

すると早速同情のお言葉が飛んできた。

「この間の事、聞いてる?・・もう、私達もビックリしちゃって・・顔が見られて良かったわ~元気出してね」

「はい、ありがとうございます。」

次のお客様も、その次のお客様からも励ましの言葉を頂いた。

私、いつもお客さんと話なんてしなかったのに有難いと心から思った。

拓斗が言う様に、私が思っているよりも気に掛けて貰えてるんだな~と実感した。

その間、拓斗は店長と立ったまま計画表をもって説明を始めているようだった。

どうしても目が行ってしまう・・レジが少し暇になった頃、Wさんがやって来て

「やっぱり気になるでしょ?・・彼ね、どこかの会社の会長の息子らしいわよ。

Hさん情報だから確かだと思うわ~彼と結婚したら玉の輿よね~うふふ」

情報早いな~、女ばっかりの職場・・怖い。

かなり慎重にしなければすぐにバレてしまいそうだ、仕事に集中しなきゃ!

久しぶりの仕事で終わる頃にはへとへとになって居た。

しかし、帰りには店長に呼ばれていた。当たり前だ、まだ説明しなければいけない事がある。

着替える前に、店長に声を掛けて事務所で待っている間、頭の中で説明の言葉を繰り返していた。

今はホテルから通っていると言う事、離婚はすでに成立した事。働く時間を長くしてほしい事。

店長が事務所に入って来た、私は椅子から立って軽く会釈をした、その途端突然抱きしめられ「好きだ」と言われた。

ビックリしすぎて店長を突き飛ばして事務所を飛び出した。

更衣室までついて来られたらいやだと思いお店に飛び込んだ。

品物を整頓する振りをしながらお店の中を回っていたら、後ろからお客さんと話す拓斗の声がしたので、拓斗から見える位置に移動した。

拓斗が私を見つけてびっくりした顔をして周りを気にしながら近づいてきて腕をつかまれ裏に連れて行かれた。

「どうした?」

「・・店長に・・」

泣き出した私の顔を覗きながら返事を待ってくれた

「店長に・・・抱きつかれて・・突き飛ばして逃げてきちゃった」

拓斗の顔が見る見る険しくなって事務所の方に走り出した

パートさんが何人か休憩をとるために裏に入って来て、私を見るなり

「やっぱり、まだショックだよね・・大丈夫?」

「もう少し休んでもレジは何とかなるよ」

とか言ってくれた。

「ありがとう・・心配かけてごめんね」と言って一緒に更衣室に行きながら拓斗の姿を探したが、事務所近くにはいない様だった。

私は急いで着替えて従業員出入口を出た。

すると出入口の隣のごみ倉庫で音がした。

ゆっくり近づいて行くと拓斗の声が聞こえて来た

「どういうつもりか知らないが、今度同じ事をしたらセクハラで訴えますからね

 自分の受け持ち店舗で問題が起きたら黙っていませんよ」

「業者の癖に偉そうに・・何様だ」

店長が言うと何か鈍い音がして店長が「分かったから止めてくれ」と言った。

扉が開きかけたので、横に積んである荷物の後ろに隠れた。

店長がお腹を押さえてよろよろと歩いて従業員出入り口に入って行くのが見えた。

その後、しばらく拓斗が出てこなかったのでゆっくり扉を開けて声を掛けた

「拓斗?」

拓斗が私を引き寄せ抱きしめて来た。

「沙代里・・」少し泣いてた。

「沙代里がここで働くの・・俺、嫌だ」

私は抱きしめられながら頷いた。

拓斗が落ち着いてから、そっとゴミ庫の扉を開き誰もいない事を確かめてから2人で外に出た。

私はもう帰り支度を済ませていたので、そのまま車をだし・・

拓斗は会社に連絡してから、上司と他の店に挨拶に行くのだそうだ。

私は、帰りに他のスーパーで買い物をしマンションに帰ってネットでパート先を探した

探しながら、さっきの店長の事を考えていた。

私は他のパートさんと違って、今まで店長と親しく話したり、相談とか愚痴とか聞いて貰ったりと個人的に接した事は無い。

でも、私が気がついて無かっただけでそう言う気持ちがあったのか?

それとも、今回の事で「可哀そう」とか「寂しいだろう」とか思って魔が差したのか?

店長は拓斗に何と言ってたんだろう。

辞める理由はどうとでもなるけど、急にって訳にはいかない

今は月の半ばだから来月の終わりまで・・有給はあと少しだけだから・・

来月の20日くらいで有給消化に入って最後の日に挨拶に行く。

でも、それで拓斗は納得するだろうか?

その間に店長の態度がどうなのか分からないし・・・。

17時になって夕食を作り始めようとしたら、拓斗から電話が鳴った。

「沙代里・・大丈夫?」

「大丈夫よ・・今から夕食を作ろうかなってしてた所」

「ならいいけど・・今日は少し早く終わったからすぐに帰るね」

「うん、気を付けてね」

電話を切った後、拓斗の気持ちが嬉しくて気分よく作り始めた。

でも、1時間立っても帰ってこなかった。

心配になったけど、上司の人とかと一緒かもしれないと思って連絡は我慢していた。

でも、20時を回っても帰ってこなくてあまりに心配でメールを出した。

「何かあった?」

30分経っても返事がなかった。

居てもたってもいられなくなって携帯に電話をかけた。

すると、電話に出たのは拓斗ではなく店長だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君へ  20

奴のマンションに着いた

「あっ、何もつまみを買ってこなかったな・・」

「大丈夫だよ、頼んである」

頼んである?・・ちょっと引っかかった。

ドアを開けるとエプロン姿の彼女が居た・・どういうことだ?これは・・。

俺はすごく目を見開いて驚いた顔をした様で、彼女が噴出している

「どうだ、驚いただろ?」

「そりゃ驚くよ!・・これは、つまり、えっと・・お前と彼女が?」

「バカ!!・・お前の為に腕を振るってくれって頼んで用意して貰っていたんだよ

 変な詮索するな!彼女の気持ちは」

奴が何か言いかけた時、彼女が奴の口を手で塞いだ。

「社長!」

彼女が顔を真っ赤にしている

「もう言っちゃいなさい!」

「でも・・部長の気持ちもありますし・・」

鈍い俺でも察しは付いたが、俺が何か言える物でもない

「おい!今日は成功のお祝いだから3人で飲むが、今度は2人で飲めよ」

「勝手に決めるなよ」

彼女が照れ隠しに「さあ、料理は出来てますから飲み始めましょう」と言って

シャンパンクーラーからシャンパンを出した。

それを俺が受け取り開封しグラスに注いだ・・その一連の動きを彼女に見られている

「さすがに慣れていらっしゃいますね」

「ここで、良く飲んでいたからね」

「飲んでいた?・・過去形?」

「ここ何年間は楽しく飲める心境でも無かったから・・」

「じゃあ、そう言う事で・・・乾杯!」

一口飲んでから

「なんだよ、そう言う事でって・・ははは」

今日は本当に気分がいいお酒だ、彼女の料理も本当に美味しい

奴が彼女と何を話したのかわかる・・でも、俺はまだ離婚をしていない

キチンとしてからでないと、彼女への自分の気持ちも整理できない

一通り飲んで食べて喋って笑い疲れた頃、彼女がそろそろ帰ると言い出した

自分でタクシーを呼んだらしい

奴に急かされて一緒にタクシーに乗り彼女が家に入った事を確認してからそのまま

Uターンで奴のマンションに帰った。

奴は本当にそう言う事に良く気が付く・・見習わないとな~。

部屋に入ると奴はまだ飲み足りないとワインを開けていた。

「明日は土曜だ・・朝まで飲むって言っただろ?」

「俺たちも若く無いんだぞ~~」

「何言ってんだよ、気持ちはまだあの頃のままだ」

「気持ちはそうでも・・・」

「お前だってこれからだ、1度失敗したからってしっかりチャンスが残ってる」

奴もバツ1だ・・子供が出来なくて奥さんが悩んでノイローゼになった、それでもいいとしっかり奥さんを愛していたのに、奥さんは去って行ってしまった。

奴はそれからずっと一人だ。

「お前だって、まだまだだろ?」

「俺はいいんだ・・。」

奴はまだ奥さんを愛している・・痛いほど分かる。

「もう1本ワイン開けるぞ」

その夜は本当に朝まで飲んだ、昔の話しから今の会社の話まで笑いながら話した

本当に久しぶりの解放感だった。そして明るくなってきてから寝込んだ。

昼に目が覚めるとお味噌汁のいい匂いがした。

テーブルの上の物が綺麗に片付けられていて、メモがあった。

彼女だ・・午前中に来て食事を作っておいてくれたらしい。

「おはようございます。昨日、カギを返し忘れてしまったので寄りました。

きっと二日酔いでしょうから、おかゆとお味噌汁と私が漬けた漬物を用意しました

食べられる様なら食べてください。夕べは楽しかったです。ありがとうございました

カギは玄関のポストに入れておきます。」

俺はその時、彼女を誰にも渡したくないと思ってしまった。

貴方へ  XX (20)

車に戻った拓斗は急いで車をだした。

嬉しそうな顔で私の手を自分の膝に持って行きずっと握って離さない

まるで学生の時のデートみたいだ。

しかし、途中で車を止めた

「どうしたの?」

「今から離婚届って出しに行けるのかな?」

「うん、確か今からでも夜間窓口があるから出せると思うよ」

「じゃぁ、出しに行こう!」

「うん。そうだね・・・1分でも早い方がいいね」

拓斗はそのまま役所に向かった。

夜間窓口には一人で向かった。

拓斗が一緒に行きたがったが、そうすると拓斗と離婚するみたいになるから一人で行ってくると断った。

「それもそうか・・」と、納得していた。

それに窓口でこっそり聞きたい事もあったから・・・。

係りの人に用紙を出す時「旦那様はお亡くなりになってますか?」と聞かれた

ああ、そうだ。私、喪服を着ていたのだった。

「いえ、知り合いのお式の帰りなんです」と答えながら小さい声で聞いた・・

どのくらい待てば再婚できるのかと・・。

100日経てば再婚できる・・携帯で調べた事が本当かどうか確かめたかった

確かにそうだった。

それを聞いてから車に戻ったら拓斗に聞かれた。

「何か不審がられてた?」と・・

「うん、旦那さんが亡くなったのか?って・・喪服来てるからね」

「亡くなったなら離婚しないで財産を貰うよね?」

「そうだね」

「離婚、おめでとうございます」

拓斗に言われて、初めてやり遂げた実感を感じて嬉しかった。

その後はまた手を膝に持っていかれて、繋いだままマンションに帰った。

拓斗は玄関に入るなり、何度もキスをしてくれた・・私の赤い口紅を拓斗の舌で舐める様に落としながら・・そしてキスをしながら少しずつ喪服を鵜がされていく・・抱きあいながら踊るようにベットに・・。

初めて不倫ではない甘い時間を過ごし、いつのまにか眠ってしまった。

 

次の日の朝は出勤日で、朝から急いでシャワーを浴び2人とも欠伸をしながら朝食を食べ支度をし、拓斗を玄関で見送ってから30分後に私も出勤した。

その日は打合せ通り「新人担当営業者とパートのおばさん」として会う事になる。

その前に、お店の人達の反応も気になるところだ・・。

私は、何事も無かった様に出勤した

「おはようございます・・あっ、店長、長い間お休みしてしまいすいませんでした」

そう言って頭を下げている間にも店長の同情のセリフが始まった。

「大変だったんだね、体調を壊すのも無理はないよ」

私は何も知らない振りで「えっと・・何かあったんですか?」と聞いた

「みんな知っているよ・・2日前、事件があって・・お昼にでもみんなと話すといいよ

 きっと色々と力になってくれるから・・」

泣きそうな顔で心配してくれている・・なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。

更衣室に入っても、パート仲間からの同情と慰めと励ましが引っ切り無しに飛んでくる

「ありがとう」と言うのが精いっぱいな感じになった。

予想以上の反応で戸惑ってしまったが、演技を続けなければいけない。

拓斗は開店前に顔を出すと言っていた・・・私大丈夫かな?拓斗と会った途端に満面の笑顔になってしまいそうだ。

いやいや・・しっかりしなければ。

いくら離婚が成立したとはいえ、まだまだ私達の事は秘密だ。

時間をかけて、つじつま合わせをしながら認めて貰わなければ・・。

隠すのって結構大変だな~とすでに思ってしまった。

それに、1週間も仕事に出ていないと少しだけ仕事の動作が遅くなっている気がする

少し焦った。

いつもの事だが、お店は開店前から扉の向こうにお客様が待っている。

開店したら10分でレジにお客様が並ぶ・・・。

そう言えば、事件の時にお店にいたお客様もいるだろう。

普通の顔で淡々と遣らなければ・・。

そう思っている隙に拓斗がやって来ていた。

お店の隅で店長に頭を下げているのが見えた、するとWさんが隣に来て彼が何者なのか説明してくれた。

「へ~、担当変ったんですね」

「結構イケメンでしょ?若い子がもう狙っているいのよ~うふふ」

そう言って自分のレジに戻って行った。

イケメン・・そのイケメンはもうすでに私の彼よ~と自慢したくなった。

そのイケメンと店長が私の所にやって来て担当になった挨拶と事件を起こしてしまった事で頭を下げに来た・・予定通りの行動。

つぎは私のセリフ

「まだ、何があったか何も聞いていなくて・・」

拓斗のセリフ

「店長、仕事に入って貰う前に説明したいのですが良いですか?」

「ああ、そうだよね・・分らないまま仕事するよりその方がいいね・・じゃあ

 事務所で・・・」

想像通りの返事

店長は開店時にはお店に居なくてはいけない・・私と拓斗は2人で事務所に向かった。

笑顔になりそうなのを必死に堪えた。

拓斗も同じ様で、後ろから見ると肩が震えているのが分かった。

事務所に入って扉を閉めた途端、拓斗がお腹を押さえた・・笑い声が出そうなのをこらえていた。

「みんなに同情されて笑うなんて申し訳ないわ」

「うん、そうだよね・・でも沙代里だって・・・」

2人してしゃがみ込んで笑いをこらえた。

皆を騙している事に笑えたのではない・・演技をし合う自分達に笑いが出たのだ。

「でも、これからもしばらくはこんな感じになるんだよね」

「そうなるね~でも、挨拶は済んだし今回の事件の事を説明した事になったら後は仕事と割り切るしかない・・それに、毎日は来られないから・・」

「そうなの?」

「来週から担当店舗が増えるらしいんだよ・・俺、仕事早いから・・えへへ」

「本当に仕事出来るのね・・ここでももう若い子が拓斗を狙っているんですってよ」

「あれ?妬いてる?・・・嬉しいな」

「バカ」

「俺は沙代里しか見えないよ・・今でも抱きしめたいくらいなんだから~」

「私だって・・」

その時、扉をノックする音が聞こえた

とっさに向かい合わせでパイプ椅子に座り神妙な顔を作った

「どうぞ」

拓斗が言うと店長が入って来た

「どう、話しできた?○○君」

「はい、だいたいの事は・・・」

「○○さん、びっくりしたでしょ?でも、彼が悪い訳じゃないから・・」

「ええ、分かります・・夫が悪いんですから・・私は大丈夫です」

「じゃあ、もう少ししたらでいいから戻ってくれる?お客さんが並んでて・・」

「はい分りました」

店長はそれだけ言うとお店に帰って行った

「拓斗はもう少しいられるの?」

「うん、お昼までは居る予定だよ・・店長とも話があるし・・」

「分かった・・じゃぁ、戻るね」

「うん、頑張ってね」

「拓斗も・・」

そういって、2人で事務所を出た。

 

 

 

 

 

君へ  19

奴が俺の自宅までの道のりでこれからの事を色々とアドバイスをくれた。

いつも奴は「命令」ではなく「提案」だ、後は自分で判断しろ‥と言う事だ。

俺は一緒に来て欲しいと頼んだんだが、断られた。

家庭の事までは入り込みたくないんだそうだが、すでにかなり入り込んでいる

今更だな~と思いながら、ただ面倒くさいだけ何だろうと思った。

車から降りて歩き出すも車が動き出さない。

振り返って「どうした?」と口パクで言ったら、助手席の窓が開いて奴が言った

「ここで待ってるから、しっかり話をして来いよ。今夜は久しぶりに朝まで飲もう」

そうだった、いつもこう言う奴だった。

「ああ、俺が出て来るまで絶対帰るなよ」

 

玄関を入ると、妻と娘達、それと秘書の彼女の靴があった。

覚悟を決めて靴を脱ぎ、リビングへ

ソファに4人が座りお茶を飲んでいた。部屋を見回すと綺麗に片付けられていた。

きっと彼女も一緒に掃除をしてくれたのだろう・・恥ずかしい。

俺が入って行くと、彼女が席を立ち「それでは私はこれで・・」と玄関に向かった。

「あっ、外に社長が居るから送って貰うといい」

俺はそう言って奴に電話した。

「ありがとうございます・・でも、社長にそんなお手間を取らせては申し訳ないので・・」

と言いながら、彼女は玄関を開けた。

奴はすでに玄関前に立っていて彼女の手を取り「お送りしましょう」とエスコートして車まで彼女の手を離さなかった。

彼女はこっちを何度も振り返りながら困った顔で社長の車に乗った。

車を見送ってから、リビングに戻りソファに座り直した。

しばらく間があって、娘達が妻の顔を覗き込んだ。

深呼吸をしてから妻が口を開いた。

「ありがとうございました。・・助かりました。本当に・・ありがとう」

3人が揃って頭を下げた。

俺は頭を下げられても嬉しくなかった。

「今回は、奴・・いや社長の機転で上手くいった。秘書の彼女の協力が無ければ上手くいかなかったかもしれない。お礼を言うなら社長に頼む。」

そして、今日の成果を聞かせた。

「だから、あの男とはもう関わらなくていい。・・それと、この家はお前達に渡す

 住み慣れた家の方がいいだろうし・・俺は一人だから社長が用意してくれる部屋に引っ越す事にするから・・」

「一緒じゃないの?」

娘達が口を揃えて聞いてきたが、首を横に振った。

「離婚届は、また用意するからサインを頼むよ」

「分かりました」

妻はすでに観念している・・もう、戻れない事は分かっている。

娘達が社会人になるまでの学費や生活費はこっちで負担する事を約束して家を出た。

玄関前に奴の車が戻って来ていた。

助手席に乗り込み、開口一番「彼女に手を出さなかっただろうな?」と言った

「バカかお前! 部下の女に手なんか出すかよ」

「俺の彼女ってわけじゃない」

「何言ってんだよ・・彼女の気持ちは鉄壁だぞ~ははは」

「何を話した?・・言えよ~何言ったんだよ!」

「飲みながら話してやるよ」

「は~~~お前ってやつは~~」

「話しを聞いたらお前、俺に感謝するぞ~」

奴は面白そうに笑っていたが、俺はちょっとへそを曲げながら外を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

貴方へ  XIX(19)

花屋で薔薇をかった。

拓斗が好きな真紅な薔薇を10本。

その足で食事に向かった・・私が落ち着くように普通のカフェ

そこで、食べながらする話ではないかもしれなかったが

核心に触れた・・離婚の話を切り出すタイミング

拓斗が言い出したのは

「これを食べ終わったら、一度マンションに荷物を降ろして、服を買いに行こう」

「・・ん?・・えっと・・離婚の話しだけど・・」

「戦闘態勢に相応しい、戦闘服を買いに行くんだよ!」

「え?」

「今夜、どお?」

「うん、行ってくる」

夫が仕事から帰る時間は解っている。その時間に突撃です。

拓斗が選んでくれた戦闘服は「喪服」だった。

「喪服」と言ってもで上品な刺繍レースをたっぷり使った高価な黒いドレスにタイツ

手首にリボンをあしらったレースの手袋にヘッドハット・・それに合ったバックにかかとの高い靴。

美容院で髪をアップにして、メイクもしてヘッドハットをつけて貰いそして口紅は赤。

まるで別人の様な自分に驚いていたら、美容部員さんに「お綺麗ですね~彼氏さんも自慢でしょ?」と言われ少し恥ずかしかったが嬉しかった。

「こんないい女を手放して後悔したって思わせたい」と拓斗が言った。

着る服と髪型とメイクで自分の気持ちがこんなに変わるんだと初めて感じた。

拓斗が少し離れた駐車場で車を止めて家の前の公園で見守っていてくれるという

ならばと、私は拓斗の想いと共にチャイムを鳴らした。

 

玄関に出てきたのは、あの女・・

喪服の私を見て「ギョッ」としていたが、すぐに夫と義母を大声で呼んだ

出てきた2人も間の抜けた顔をしていた。

笑いをこらえて「離婚して貰いに来ました」と言うも3人とも動かない

私は勝手に上がり込み、リビングに進んだ・・私が住んでいた時とかなり変わっていた

趣味の悪いグリーンのテーブルクロス、ソファはピンクに買い替えられていた

カーテンもピンク・・そして誇りの積もった本棚やテレビスタンド・・

たった1週間でも掃除をしないとこんなになってしまうんのか・・今までの自分の努力を自分で褒めてあげたいと心から思った。

掃除をされていない床に座るのは嫌だったので仕方なくピンクのソファの上に無造作に置かれている服を隅に寄せ真ん中に座った。

バックから離婚届を出し、義母の好きな黒に近い茶色に煮詰めた何が入っているか分からない煮物や買いおかずだとすぐに分かるフライ物が載っているお皿などを隅に押しのけ広げた。

やっと3人がリビングに入って来て、まず夫が怒鳴った

「いきなり何だよ!!」

「さっきも言いました、離婚して貰いに来ました。サインお願いします」

「あんた、そんな恰好で失礼でしょうが!」と義母・・

「私が居ない事を良い事にお腹の大きな女を住まわせる方がよっぽど私に失礼では?」

「私は、あんたの代わりにこの人の子供を産んであげるのよ!有難いと思いなさいよ」

そう言う女

「ええ、ありがとうございます。そのおかげで離婚の決心がついたんですから・・ここに来るのはこれが最後になります。お別れのための喪服です。

・・・あなた・・サインを・・」

自分で持ってきたペンを差し出し、サインをお願いした。

少し興奮気味の夫がペンを私からつかみ取り枠からはみ出す勢いで名前を書いて

印鑑を持ってきてハンコを押した。

もうその時は、女はニヤついていた。

義母が「あんたが持って行った通帳・・返しておくれよ」と言ったので

「あの30分後にはポストに返しましたよ。カードと一緒に」

きっぱりとそう言った私の様子を見て、おかしいなと言う顔をして隣の女を見た。

「えっと・・私が預かってます・・言ってませんでしたっけ?・・」

女はバツが悪そうに言ったが、夫も女の顔をじっと見ていた。

私が持ち出したままだと思っていたらしい。

その通帳は夫のお給料が入る通帳だったので月末までには返して貰いたかったのだと思う。

「残っていた現金は100万もありませんでした。あんなに節約して1千万近く貯金をしていたのに驚きました。おかしいですね・・。勝手な事をして申し訳ありませんでしたが、そのお金は手切れ金として頂いておきます。これからはまた夫婦そろって頑張ってください」

そう言って、離婚届とペンを回収して家を出ようとすると女が追いかけて来て

「あんたの荷物、持って言ってよ」と言った

「私の物はすべて持ち出しています。何も残っていませんよ」

「じゃあこれは誰のよ」

そう言って投げつけてきたのは紙袋。

中を見ると赤や黒のセクシーな下着だった。

「私のではありませんよ。こういうのは値段も高いのでしょ?こんな下着買う余裕も

趣味も私には無かったですから・・。では、失礼します」

玄関前で深く頭を下げて歩き出した・・自分がカッコいいと思えるくらいに背筋を伸ばして颯爽と歩いて居る事が気持ち良かった。

角を曲がったあたりで拓斗が横に並んで肩を抱いてくれた。

「素敵だよ」

拓斗はそう言って抱きしめてくれた、そしていつものようにキスをしようとした

でも、私はそれを止めた。

「今日の口紅は赤いのよ・・明るい所に出たら拓斗の唇が赤くなっている事が

周りの人にバレちゃうわ」

「じゃぁ、早く帰って好きなだけキスさせてよ」

拓斗に手を取られ走るように車に向かった。