君へ 17
「起こした問題・・と言うのを少し詳しく聞いてみる。解ったらすぐに連絡する」
そう言われて仕事に戻った
どうするつもりなんだろう・・奴の頭の中は平凡な俺なんかには理解不能だ。
営業部に帰ると秘書である彼女が駆け寄って来た。
小さいメモを見せて「急いだ方がいいかと思います」と言って車の手配を始めた
こういう時は、自分では運転しない方がいい事を彼女は解っている
動揺や緊張で冷静には運転できないからだ
メモには娘からのSOSがかいてあった・・・彼女は緊急事態と判断してくれたが
おかしい・・・と思った。
「○○さん、ちょっと待ってください、これはどのように連絡があったんですか?」
「ここに直接電話がありました。部長から聞いた番号だと・・」
「相手の番号は残ってますよね?掛け直してもらえませんか?」
彼女は一瞬手が止まったが、すぐに相手の電話に掛け直してくれた
「もしもし、先ほどお電話を頂いた○○営業部長の秘書ですが・・・」
俺はその電話を回すように言い、自分のデスクで電話を取った。
「もしもし・・営業部長の○○ですが、貴方は?」
「・・・・・」
何も言わずに電話は切れた
彼女は感の良い女性だ、車はすでにキャンセルしていた。
娘からのSOSの内容は「母が倒れて病院に運ばれたが、保険証がどこにあるか分からない・・どこでお金が必要になるか分からないから取り敢えず30万円をもって来てほしい」と言う事だった。
完全な詐欺だ。
だが、ここの直通の電話番号を知っている人間は限られている。
すぐに奴に連絡し、社長室に向かった
「分かったぞ」
妻の相手の「起こした問題」をすでに入手していた。
そして、俺からの連絡で確信を得たと自慢げに話しだした。
その内容は「詐欺まがいの現金のやり取り」だった
同僚や後輩から色んな理由をつけては5万、10万と借りてはなかなか返さない
挙句の果てに「いつも良くしてやっているんだから忘れろよ」とか言い出したそうだ
それを同僚の一人が見かねて上司に相談、問題になった
金額を纏めると100万近い現金を踏み倒していたそうだが、給料天引きと言う手を使ってすべて返し終わっているらしいが、居づらくなっていた彼はその時点で自ら辞表を出し辞めていた。
その事はその部の部長が仕切っていたため、社長の耳には入らずに納めた様だったが
今回、こちらからの電話で社長自ら人事部への問い合わせがあった為、明るみに出たと言う事だった。
「お前の所に掛かったさっきの電話も彼の仕業だろうな」
「そうだろうな、俺への直通の電話など知っている奴はそんなにいないからな」
「番号を教えたのは奥さんのSOSの可能性もあるぞ」
「かもな・・」
「さて・・乗り込むか」
「乗り込む?・・マンションにか?」
「いや、会社にだ・・・社長の許可は得ている。一芝居打つんだよ」
「おい、事を大きくしないでくれよ」
「ああ言う奴は引っ張り出して面子を潰してやらないとまた同じ事をするんだよ
二度と関わりたくないと思わせなきゃ何度でも金を引っ張ろうとする
元奥さんや娘さん達が安心して暮らせないだろ?」
「は~~・・で?俺はどうすればいいんだ?」
「車の中で説明するよ・・すぐに出かけよう」
「おい、仕事もあるんだぞ」
「それは秘書の彼女に任せてある・・彼女なら出来るよ」
そう言ってスーツをもってスタスタと歩き出す奴の後を追いかけた
社長専用車・・さすがに広くて乗り心地がいい
この車で行くのであれば会社名を出す気だなと思った
例の会社の正面に車をつけ運転手がドアを開ける・・さっそうと降りる奴は
さすがに社長様だ。
カウンターの中の綺麗なお姉さん方が一斉に立ち深く頭を下げる
「○○社長、お待ちしておりました。ただいま御案内いたします。」
そのままエレベーターに乗って、妻の相手が勤めていた部署に案内された
そこの部署の部長が目をぱちくりさせているが、奴はお構いなしに話し始めた
「ここに○○と言う社員が居ると聞いてきたんだが呼んでくれないか」
「あ・・はい・・いえ、その者ならすでに退職しておりまして・・・」
「辞めた?おかしいな・・俺の妻から100万借りて返さない奴がここで働いていると
名刺まで渡されたんだが・・」
「・・しかし・・もう3か月前には・・・え?100万?」
「妻は困った人を見るとほっておけない優しい女でね・・・2か月後には必ず返すと約束したのに何の連絡も無い・・携帯にも出ないので困っているんだよ。
社長の息子だと言っていたから安心していたのに、社長に連絡したらそんな名前の息子は居ないと言われてしまったんで、ここまで会いに来たんだが・・・困ったな」
そこで俺の出番だ
「社長、では自宅に向かわれてはいかがでしょう・・部長、住所位は解りますよね?」
「えっと・・・」
オロオロしている部長に代わって男子社員がメモをもって近づいてきた
「ここだと思います。まだ引っ越してはないと思います」
娘に聞いた住所と同じ事を確かめた
「妻が渡したお金で引っ越したりしてないだろうか?」
「ついこの間も見かけましたし・・多分・・それに女性と一緒でした、その女に貢いでいるのかもしれません、奴はそう言う男です」
「この部署の方々は、その男性にお金を貸していたのですか?」
「はい、皆困ってました・・」
「返しては貰っていないのだね?」
「いえ、一部の人は給料天引きと言う形でなんとか・・でもさかのぼればまだ・・」
「では、自宅に向かうよりここに呼び出してはくれないだろうか?」
「ここにですか?」
部長が躊躇しているなか、奴が言った
「お騒がせして申し訳ないが、事がはっきりしないのは気分が悪いんだよ
社長には私から話を通しておくから・・・そうだな~半年以内に辞表を出した社員にも退職金が出る事を忘れたいた・・とかなんとか・・・」
そんな会社は絶対無いが彼ならホイホイやって来るだろう
「部長さん・・上手くやってくれよ」
そう言って奴は私の肩に手を置いた
「私が連絡しますので、皆さんは静かにしていてもらえますか?」
部署の人間はみんな揃って頷いた
本物の部長の机の電話から彼の携帯にかけた
しばらく待ったが彼が出た
「なんですか?まだ僕に用ですか?お金は返したはずですが・・」
きっと部屋にいるのだろう、テレビの音が聞こえる
「初めまして・・昨日から部長職に着いた佐藤(偽名)と言いますが○○さんでお間違いないですか?」
「は?・・そんな人が何で・・・」
「この度、社長の意向で半年以内に会社を辞めた人間にも少ない額ではありますが退職金を渡す事が決まりまして貴方も対象者として名前があがっているんです」
「え?退職金?」
「はい、ですので出来れば今日にでも足を運んで頂けないかと思いまして・・」
「今日?」
「はい、申し訳ないのですが明日から手続きをする者が1週間ほど入院が決まってしまいまして・・・」
「行きます、行きます・・すぐに行きますので・・」
「ではお待ちしております」
電話を切った途端、部署内で拍手が起こった
「さすが、○○会社の社長秘書さんですな~」
「それより、さかのぼって彼にお金を貸して返して貰っていない人間をピックアップできますか?」
「部署のみんなで探します」
さっき、メモを渡してくれた男性社員が号令をかけてあちこちの部署に問い合わせをし始めた。